
誰かを照らすために、
自分を削り続けてきたあなたへ。
誰かのために、あるいは「正しさ」のために、
ずっと自分を後回しにしてきませんでしたか。
理想に届かないもどかしさも、拭えない不安も、
それはあなたの弱さではなく、役割を背負う人が抱える「揺らぎ」なのかもしれません。
アーユルヴェーダという古くて新しい智慧を手がかりに、
置き去りにしたままの「わたし」を迎えにいく一年。
すこしだけ歩をゆるめて、古典の智慧に耳を澄ませてみませんか?
そこから、「わたし」へと還る旅が、はじまります。
― My Story
必死に誰かをケアし続けた、
混沌とした日々の中で。
ドクターに出会ったのは、約15年前。
インドで学びを深め、サンスクリット語の真意を追い求める日々が続きました。けれど本当の学びは、その後に待っていた「生活」の中にありました。
移住、育児、コロナ禍、不登校に家族の不調……。
予期せぬ荒波の中で、私は家庭という船を沈ませないよう必死に舵を握り続けました。
家族のために心を砕く。けれど差し出した手は空を切り、どれほどトライしても「役に立てていない」という無力感に襲われる。
『私は何のためにここにいるのだろう』。 自らの存在価値さえ見失いそうな孤独な消耗を、分かち合える人はどこにもいませんでした。
「 親として、大人として、役割を全うすること。
それは とても尊いことだけれど、『わたし』という、たった一つの "いのち" を濁らせないように」
そう思いながらも現実に足をすくわれ、智慧を自分に使う余裕さえない。
理屈は知っているのに、使えない。そんな自分を責める悪循環の中にいました。
転機は、ドクターの言葉を翻訳する作業を再開したことでした。
手を休め、ひとりしずかな時間の中で智慧を浴び、ヨガによって身体の声をていねいに聴く。
するとバラバラだった点と点がつながり、内側の歯車がようやく、また噛み合い始めたのです。
「知っている」だけの智慧が、身体を通して確かな「体感」へと変わる瞬間でした。
私はそこで、ようやく当たり前のことに目覚めたように思います。
『ままならない世界』の中で、なおも誰かを想い、一歩を踏み出し続けてきたこと。
それは決して流されていたのではなく、意識的で、尊い営みだったということ。
そして、ケアを担う「わたし」をとおくへ置き去りにしたままでは、結局誰のケアも生まない、ということに。
役割に溺れ、見ないふりをしてきた本音は、いつしか「いのち」そのものを曇らせてしまいます。
私もまた、その曇りの中でもがいていたひとりです。
けれど、いのちはただ、生きているだけで尊いという感覚は、いつからでも自分のもとへ手繰りよせられる。
その一歩は、置き去りにしてきた「わたし」を迎えにいくプロセス。
自身の本質へと歩み寄ったその先に、「いのちの灯火」を灯す術を、私はドクターの言葉と自らの葛藤の中で、見出してきたのだと思います。
足掛け10年。ローレル博士に温かく支えていただき、ようやく準備が整いました。
役割を精一杯生きるなかで、自分をすり減らしてきたあなたへ、届いてほしい。
どうかこの出会いが、あなたの人生を照らす光となりますように。
mother earth 主宰
ナナ
知識を集めるだけではたどり着けない、
いのちが澄みわたっていく プロセスが、ある。
なぜ、1年という時間をかけるのか。
それは、情報を脳に記憶させるためではなく、この学びが「体感」へと昇華され、
あなたの細胞ひとつひとつが納得するのを待つためです。
ドクターが解き明かす智慧の領域は、深く、広大です。
一度の講義で全てを理解しようとすれば、きっと消化不良を起こしてしまうでしょう。
けれど、それでいいのです。
「分からなさ」という智慧の種を、そっと抱えたまま進んでみる。
その答えを急がない贅沢な保留こそが、
時間をかけて種が芽吹くための大切なプロセスです。
効率よく正解を求める外側の世界から、一度足を止めて、
自分を慈しむための「仕組み」と「環境」に身をゆだねてみる。
誰かを照らすために削ってきたその手をゆるめ、
まずはあなたという「器」を、澄んだエネルギーで満たしてください。


なぜ今、この智慧が必要なのか
あなたが満ちることで、世界が満ちる「巡り」の始まり。
「正しさ」による摩耗を止める
「正義」や「最適解」が可視化され、絶えず自己評価に晒されている私たち。アーユルヴェーダは自分を「善悪」ではなく、自然の一部としての「個体差」だと客観的に捉える視点を与えてくれます。
それは、ありのままの自分に心地よくゆだね、受け入れるための、理に適った"優しさ"だと言えます。
Q. 自分を優先することに、罪悪感があります。
A. 枯れた井戸から水は汲めないように、自分を削っての献身はやがて摩耗します。アーユルヴェーダでは、まず自分を満たすことが、他者へ溢れ出す純粋なちからの源になると考えます。あなたが整うことこそが、大切な人への一番のギフトになります。
「すぐ分からない」という可能性
検索エンジンは答えをくれますが、変化まではくれません。心身の土台を立て直すには、情報の上書きではなく、ゆっくりとした『熟成』が必要だからです。「分からない」というモヤモヤは、新しい自分と出会うための、大切な準備時間。
効率を求める手を緩めて、ゆっくりと概念を細胞に馴染ませていく一年は、情報過多な現代において、自分を大切に守るための優しいギフトとなります。
Q. 独学ではダメですか?
A. 楽譜を眺めるのと、生演奏の響きに「身を置く」のは違いますよね。知識を「知る」ことと、この場に宿る非言語的なちからを「共にする」ことは別物です。 一人で正解を追う手を放し、生きた共鳴に呼吸を合わせる。その決意こそが、置き去りにされたあなたの心身を、深いところから癒やしていきます。
性格のせいではないと知る
理想通りにいかない時の「イライラ」や「不安」は、あなたの人間性ではなく、生命のエネルギーバランスが乱れているだけかもしれません。
「自分」と「状態」を切り離して客観視することで、「自分はダメだ」という思い込みの罠からすこしずつ自由になっていきます。
Q. 感情をコントロールできるようになるのですか?
A. まずは制御するのではなく、ただ「仕組み」を知ること。 感情を「自分そのもの」ではなく、天候のような「状態」として理解できれば、気持ちや考えに振り回される自分を責める必要はなくなります。
豊かな孤独に浸れる「サンガ(集い)」
役割を背負い、誰かのために尽くす人には、自分を癒やすための聖域が必要です。少人数で育む対話の「器」は、張り詰めた心を緩め、閉じ込めてきた本音を少しずつ解き放ってくれます。
ありのままの存在が受け入れられる環境に身を置き、内なる源としずかに繋がる。
そのプロセスを丁寧に守る場が、あなたを本来の健やかさへと還してくれます。
Q. 忙しい日常の中で、1年も続けられるでしょうか?
A. むしろ、その「日常」をこれから先も守っていくための講座(サンガ)です。 調子が良い時だけでなく、揺らいでいる時こそ、この場を頼ってもらいたいと思っています。学びには一定期間のコミットは必要ですが
アーカイブや補講という「仕組み」を使いながら、自分と繋がる習慣を育んでいきましょう。
Wisdom of Life
アーユルヴェーダは、
誰にも見えないあなたの献身を、
静かに見守り、裏付ける「智慧」。
誰かのために重ねてきた、気づき、考え、整えようとする日々の試行錯誤。
その切実な営みに寄り添いながら、「これでいいのだろうか」という揺らぎを いのちの仕組みから見つめ直していく。
アーユルヴェーダは、自分の内側に起きていることを客観的な智慧で照らす学びです。
気付く
サインを「感知」する
感情の揺らぎや体の状態を「ダメな自分」と評価せず、ただ窓を開けるように自分の内側を眺めます。
いのちのバランスが揺らいでいることを知らせる、かすかなサインを掬い上げる練習です。
紐解く
仕組みで「考える」
「これでいいの?」という不安を、
ドーシャやアグニという生命の理で紐解きます。
自分の選択に客観的な根拠が持てるようになり、モヤモヤすることの仮置きや挑戦のハードルが下がります。
調和する
心地よく「調整」する
頑張って直すのではありません。
本来のバランスへと戻していく、自然で能動的な智慧が働きます。
自らを整えることが、結果として大切な人を照らす最も純粋なエネルギーとなります。

選ばれる3つの理由
Reason 01
5,000年の古典に根ざした
「理に適った智慧」
流行に左右されない、不変の生命科学。Dr.スンダルが古典を独自の深い洞察で紐解き、私たちの感情や日常の揺らぎがなぜ起こるのか、その仕組みを論理的に解説します。単なる情報の切り抜きではなく、古典の真意を、ドクター直伝の視点から丁寧に紐解く講義です。
「なぜそうなるのか」を理解することで、自分とからだやこころのあいだに、透明なスペースが生まれます。その余白が、自責を遠ざけ、自分を労り慈しむ智慧へと変わっていきます。自分の感情や体の揺らぎを「仕組み」として捉える、一生ものの視点。
Reason 02
インドの現役ドクターによる
体系的な「直伝講義」
日本人講師の解釈を挟む前の、純粋な源泉知。
南インドでクリニックを率いる現役アーユルヴェーダドクター・Dr.スンダルの言葉を、直接講義として受け取ります。
古典医学書に基づいた体系的な解説は、断片的な知識の寄せ集めではなく、いのちの働きを一つの秩序として理解する為のもの。
症状や感情の揺らぎを単独で見ず、身体・心・環境のつながりの中で読み解く視点が示されます。
単なる情報の記憶を超えて、源泉から流れる思考に触れることで、理解は頭だけでなく体感へと降りていきます。
Reason 03
8年かけて紡がれた
日本語訳と「分からなさ」を分かち合う学びの場
英語やサンスクリット語で語られた講義を、日本人の生活感覚に馴染む言葉として、8年かけて丁寧に翻訳。
難しい概念も、日常に引き寄せながら理解できるかたちを模索し、資料としてととのえています。
さらにこの講座には、「分からなさ」さえ分かち合えるサンガ(集い)の場があります。
一人で正解を追う孤立した学びではなく、それぞれの思索を持ち寄る集いの中で、答えを急がない贅沢な保留が許されます。
1年という歳月をかけて、智慧の種が自分の中で静かに熟していく時間。
アーカイブ受講や補講など、役割に忙しい日常に寄り添う仕組みが、学びを血肉(体感)へと変えていきます。
Meet the Instructor, Endorser & Facilitator
講師・推薦者の紹介

Dr. Sundar Raman
Mountain Top Clinic 創設者・院長
アーユルヴェーダドクター
20年以上にわたり、
アーユルヴェーダの診療と教育に従事。
医療とテクノロジーの融合にも
関心を持つ。
最優秀医師賞、最優秀若手功労賞、
アーユルヴィシャラダ賞他受賞歴多数。
世界各地で研究、診療、ワークショップ、教育活動を行っている。

Dr. Laurel Kimura
マサチューセッツ工科大学
社会科学博士
マサチューセッツ工科大学(MIT)で修士号・博士号を取得後、ハーバード大学で研究に従事。マレーシアの大学で20年以上教鞭を執る。
ヨーガとアーユルヴェーダを長年学び、Dr. スンダルのもとで研鑽を重ね、
共同研究にも携わる。
本講座では、ドクターの智慧を「全体性(Wholeness)」の視点から高く評価し、推薦文を寄せてくださるとともに、Nanaの翻訳をサポートしてくださっている。

Nana
mother earth 主宰
ヨーガ・アーユルヴェーダ講師
約15年前よりDr.スンダルに師事。
南インドにて基礎から臨床まで
アーユルヴェーダを学ぶ。
育児や家族のケアを通して、ケアを担う人自身の回復の大切さを実感。
アーユルヴェーダの智慧を日本の暮らしへ橋渡しする活動を続けている。
ヨーガ指導歴19年。現在はヨガクラスや講座、ハーブ染めを通して日常に根ざしたアーユルヴェーダを伝えている。
Comprehensive Roadmap
ヴェーダの宇宙観から、身心の特質、日々の食事、ハーブの紹介まで。
「わたし」を取り戻すための、体系的なロードマップ。
叡智をじっくり学べる、全23回

Phase 1: 伝統と宇宙観
内観への準備と起源
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2つのマントラ・ヴェーダ解説(内観の準備)
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アーユルヴェーダ、アーユス、ヴェーダの定義と目的
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ヴェーダが考える「人生」:
四住期と人生の目的(役割と喜びを識る) -
アーユルヴェーダの歴史、起源、三大古典医学書
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アーユルヴェーダの主要な分野(八科目)
Phase 3: 日々の養生
健康を支える三本の柱
-
健康の三本柱:アーハーラ(食)、ニドラー(睡眠)、ブラフマチャルヤ(節度)
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食の智慧(Virya, Vipaka, Prabhava)
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食の分類:ヒターハーラ(適切)、
アヒターハーラ(不適切)、ヴィルッダーハーラ(禁忌) -
ディナチャルヤ(一日の過ごし方)と
リトゥチャルヤ(季節の過ごし方) -
睡眠と精神の深い休息の術
Phase 2: いのちの生理学
構成要素と客観視
-
五大元素・トリドーシャ(自分の構成要素を知る)
-
身体の構成(ダートゥ)と代謝メカニズム(アグニ)
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老廃物(マラ)、活力(オージャス)、潤い(クレーダ)
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毒素(アーマ)の発生メカニズム
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プラクルティ(体質)徹底分析:
見極め方と自己客観視
Phase 4: 植物と統合
本来のわたしと、ともに生きる
-
主要ハーブの探求:自然のお守りを持つ
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ハーブ製剤(薬の調製法)の基礎理論と家庭での活用
-
パンチャカルマ(浄化法)の紹介と本質
-
1年間の学びの統合:
迎えにいった「わたし」と歩み出す人生
2027年
-
1月 10日 24日
-
2月 7日 21日
-
3月 7日 21日
-
4月 11日 25日
-
5月 9日
29・30日
日程:
2026年
-
5月 31日
-
6月 7日 21日
-
7月 5日 26日
-
9月 6日
19・20日
-
10月 4日 18日
-
11月 1日 15日
-
12月 6日 20日
(一泊二日リアル開催/下記参照)
(一泊二日リアル開催/場所未定)
スケジュールは、途中変更する可能性もありますが、その場合が前もってお知らせします。
スケジュール
( 全23講義 )
期間:2026年5月 〜2027年5月
曜日:日曜
時間:9:15 ~ 12:15 ( 途中休憩あり )



※リトリートは任意参加です。
参加時の活動費・宿泊費等は講座代とは別途となります。
身を環境に浸す、
岡山でのリトリート。
オンラインが種なら、
対面のリトリートは、その種が身体に根を張るための
“環境”です。
年に2回、
岡山県(@アシリミンタルと発酵おばけ)にて、
講義以外にヨガやキールタン、食、対話をともに味わう
一泊二日の時間を予定しています。
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― Self - Inquiry & Harmony
この1年で、
私たちはこの『景色』を 一緒に見にいきます。

「循環の景色」

「知的なゆとりの景色」

「安心の景色」
誰かをケアしながら、
自分自身も同時に
満たされていく状態。
自己犠牲という一方通行ではなく、
愛が自分と他者の間を豊かに巡る
心地よさを目指して。
分からないこと、モヤモヤすることを「不快」ではなくいのちの『奥行き』として受けとめる心の余白。
正解を追う焦りから解放され、
問いと共にある『静かな味わい』
そのものを慈みます。
どんな荒波の中でも、
自分の胸の奥に消えない
「いのちの灯火」を感じられる。
何もしなくても、
ただ生きているだけで尊い、という
圧倒的な存在の受容。
『全体性』を取り戻す、変化。
役割としての他者ケアに偏り、自分を後回しにする習慣から、
自らを診て慈しむ「全体性(Wholeness)」へと在り方の バランスをととのえていく。
この1年は、そのための「一生ものの作法」を身につける時間です。
Resonance & Commitment
この旅を、共にするあなたへ。
こんな方に届いたらうれしい講座です
誰かのケアに追われ、「わたし」を後回しにすることが当たり前になっている方
相手の機微を察し、先回りして調整することに長けている一方、自分の内側の声が聴こえづらくなっている方
「正解」のないケアの世界で、自分の判断を一人で検証し続ける孤独に、そろそろ限界を感じている方
効率や短期的な成果を追う世界から少し離れ、時間をかけてじっくりと「一生ものの智慧」を体得したい方
教育やケアの現場にいる方、ヨガやボディワークなど身体の智慧を実践している方、
子育てや家族のケアに関わっている方、などに おすすめです。
特定の症状を治すための「処方箋的な回答」や「即効性のある治療法」を目的としている方
自らの体感や内省のプロセスを飛ばし、情報の「正解」だけを収集したい方
1年間の学びにおいて、他の受講生やコミュニティでの対話を希望されない方
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お力になれない場合
※当講座は医療行為や治療、診断、薬の処方を行うものではありません。
アーユルヴェーダは、自らの人生に責任を持ち、本来の調和へと還るための道しるべ(作法)を学ぶ場です。
モニター6大特典
本リリース前の特別な環境。ドクターの源泉に触れ、
共に場を育てていただく皆さまへの特別なギフトです。
01
修了証授与後、ドクターと直接繋がれる特別な時間を設けます。
画面越しにドクターのお話を聴けたり、質問ができる貴重な機会です。

ドクター合同オンラインセッション
03
月数回のオンラインフォローアップ。
疑問を置き去りにせず、仲間と共に学びを定着させる環境を設けます。

受講生専用補講・Q&Aコミュニティ
05
修了後も年に数回継続してドクターと繋がれる合同セッションへ、1年間無料で招待いたします(通常別途費用)。

セッション1年間無料ご招待
02
60分の個別対話。
1年間の学びをどう自身の人生に活かしていくか、あなたに寄り添い併走します。

ナナによるパーソナルセッション
04
修了条件を満たすとドクターのクリニックとmother earth連名による証書を授与。今後の学びのステップUPの土台となります。

クリニック連名「修了証」発行
06
本リリース前の特別な受講費でご案内いたします。詳細はLINE登録後の説明会にて、
ナナが直接ご説明いたします。

モニター受講【特別価格】
― Last Message
最後に。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
きっと、やさしくて、責任感の強い方が、ここまでお付き合いくださっているのだと想像します。
これまで、誰かを支える「見えないケア」に、どれほどのエネルギーを注いでこられたでしょうか。
「わたしを迎えにいく」という言葉は、かつての私自身への祈りでもあります。
役割という仮面をいちど横に置いて、
アーユルヴェーダの智慧を手すりに 迷子になった自分の手をそっと手繰り寄せる。
そして、自分自身の中心へと歩み寄っていく。
ただひとつの「いのち」をまんなかに、しずかに自分と対話をする時間。
それは決してわがままではなく、あなたがもっと自由に、もっとあなたのままで輝くための、誠実な一歩だとおもいます。
1年後、あなたが「ああ、生きていてよかった」と こころの底から 感じられる。
そんな景色を 共に喜びたいとおもっています。
mother earth ナナ
